代表取締役社長
篠原欣子氏
仕事の歓び、経営者の歓び
母の働く姿が原点
この度は、先日10月1日をもって、テンプスタッフ株式会社とピープルスタッフ株式会社を経営統合され、テンプホールディングス株式会社の代表取締役社長となられました篠原欣子社長にお越しいただきました。派遣法が成立する前から、人々の雇用を創造するという理念に基づき、多くの方の人生に貢献されてきました。日本にまだ馴染みのなかった〝人材派遣〟という業態を自ら立ち上げられ、ここまでの規模に育て上げられた秘訣を、本日は存分にお話しいただきたいと思っています。
ご紹介ありがとうございます。自分ではそんなにすごいことだなんて思ってないんですけれども(笑)。
そのままをお話しください。私は〝成功〟とか〝目標達成〟の分析を生業としていますので、今日は篠原社長から直接お話を伺って、たくさんの気づきを得たいと思っています(笑)。そもそもの起業のきっかけはどういったものだったのでしょうか?
起業だなんてたいそうなものでもないのですが、若い頃オーストラリアの企業で働くことがありまして、そこで女性のマネジャーやスーパーバイザーたちが活躍している姿をたくさん見ました。当時の日本では、女性は事務手伝いという風潮が根強くありましたから、帰国して愕然としたんですね。それで女性がいきいきと働ける職場が日本にないなら自分で会社を作ってみようと始めてしまったのがきっかけです。 それと海外には、〝テンポラリー(臨時)スタッフ〟と呼ばれる人達がいたんです。お休みの人の代わりに突然現れてお仕事をして、お休みの方が復帰されるまでの期間限定で働くのですが、初めてのオフィスでも戸惑うことなく仕事をこなすんですね。そんな彼らのプロフェッショナルな姿がとても印象的で、記憶に残っていました。その後、オーストラリアで知り合った人材派遣業の社長さんに派遣業の概要を教えて頂き、なんて便利なシステムなんだろう。ちょっとやってみようかなと気軽な気持ちでスタートしました。経営がどんなもので何が必要かなんて知らなかったから、後になって非常に苦労しました。しかし、反面、何も知らなかったからこそ始められたと今では思っています(笑)。1973年、私が38歳の時のことです。
そうだったんですか。素晴らしいバイタリティだと 思います。当時の日本で女性が起業するというと社会的にも珍しいことだったと思いますが、抵抗はなかったのでしょうか?
私は小さい時に父親を亡くしていて、母が助産師をしながら5人の子どもを育ててくれたんですね。だから女性が働くことも普通に受け止めていましたし、むしろ働くものだと思っていました。きびきびと働く母の姿にも憧れていました。
事業とは歓びを再生産していくこと 人の心を大切にする
お母様の影響があるのですね。しかし、起業当初というのは、苦労が絶えないものだと思います。どうやって当時を乗り切ったのですか?
細々とですが経営をしていると、登録スタッフやスタッフを派遣した企業さまから「いい方を紹介してくれてありがとう」「いい仕事を紹介してくれてありがとう」って御礼を言われるんですね。わざわざお手紙をいただいたこともあります。そんな私を必要としている「ありがとう」の声に背中を押されて、ここまで続けられたと思っています。
用いられる歓びが苦境の中にも継続する力を生んだのですね。事業を通してお客様に歓ばれ、事業が社会に貢献する歓びを知り、その歓びが自分や社員たちを満たしていくという経営の流れがありますよね。そこにはとりつかれるような魅力がありますからね。
私がこれまでやってこられたのも才能があったからじゃなくて、みんなに助けられた結果だと思っていますから。初めは登録者も派遣を使ってくださる企業もなかった。その中で必死に探してお願いして、こちらが お願いしていることなのにお礼を言われる。そうすると本当にうれしいの。それでまた企業さまや働く人々の要求に応えようとしてがんばる。その繰り返しでやってきました。誠心誠意接すれば、向こうもそう返してくれる。今でもそれは変わりません。
最近はM&Aもされていますが、合併した会社の役員を自社の社員と入れ替えないなど、篠原流を貫かれているとお聞きしました。
はい。M&Aも自分たちの論理で持ちかけるのではなくて、お互い一緒にやることでメリットがあり、シナジーが生まれる場合には、動きます。もちろん、条件面も、私たちだけが有利なのはいやなんです。相手にとってもいい条件だなと思えないと合併はしません。
取り繕ったりすることなく、誠実に真実を伝えられたのですね。篠原社長とお話していると、〝誠実さ に勝るスキルはない〟という言葉が浮かびます。経営者にとって一番重要なことは意思決定にあると思うんです。自分にとって不利な状況でも、根本的な善悪で判断することができる。
ありがとうございます。今までたくさんの優秀な方々と一緒にお仕事をさせていただきましたが、みなさんから「篠原さんにだまされる気がしない」と言われますね(笑)。
それは至極名言ですね。素直な心が能力のある人との出会いを引き寄せ、誠実な篠原さんの人間性を見て、向こうも悪いことができないのでしょう。むしろ協力者になってくれる。
おこがましい気もしますが、そういうことだと思います。
社員さんはもちろん、登録スタッフ、取引先の企業、ビジネスを共にする企業……。どの立場の方に対しても、愛にあふれていらっしゃいますよね。無償の愛とでもいうのか、母なる愛を感じますね。母性愛の経営とでもお呼びしましょうか。
なんて表現したらいいのかしら。社員に対しては、会社のために一生懸命に働いてくれる姿は愛おしいですよね。もっと成長してほしいと思いますし、そういう気持ちは母性に近いのかしら。
男性経営者と女性経営者の違いというものもあると思いますか?
性別だけでは図れませんが、男性と女性では異なる傾向にはあると思います。男性は、敵を倒して前に進んでいく思考が強いですよね。反面、女性は子どもを育てる性ですから、安定性を重視したいと考えます。
なるほど。だからこそ、会社を取り巻くすべてを包み込むような経営をされるのでしょうね。普段社員の方々と接する時に気をつけていらっしゃることはありますか?
私たちの仕事は人を扱うものですから、人の心を何よりも大切にしなくちゃいけないと思います。それは社内でも同じで、仕事においては社員に注意しないといけない時もありますよね。そんな時、いきなり否定的に「こういうことしたらダメじゃない」って言ったら、それで終わりですよね。でも、「この間はありがとう。もっとこうしたらいいんじゃない?がんばってね、頼りにしてるよ」って注意をほめ言葉や励ましといったプラスの言葉で挟むんですね。サンドイッチの法則と呼んでいるのですけど。褒められたことで共感性や信頼感が生まれますから、注意も素直に受け入れられますからね。こういった人間関係がすべての基本だと思っています。
社内外に思いを伝えるのが経営理念
事業は人が行うもので、人間関係が土台でありすべてですから、真心を持って経営をしていけばうまくいくのですよね。それだけなのかと信じがたい人もいると思いますが、本当のところはそこだと思います。「情けは人の為ならず」と昔から申しますが、回りまわって自分に返ってくるのです。私は人に用いられ、人を生かすことが経営の極意だと考えています。
おっしゃる通りです。昔から一貫して自然とやってきたことですけれど、事業をしながら人に助けられ、支えられることを通して、本当に人間関係なのだなということを実感しています。だからいつも心に留めていることは、人を尊敬する、感謝する……ということ。実は、どれも意識してやってはいないですけどね(笑)。それはもちろん社外の方に限らず、社内のスタッフに対してもですよ。
素晴らしいと思います。ただ、共に歩む社員たちにもっと良くなってほしいという想いだけ。そしてそんな私たちの生み出すサービスによって世の中を良くしていきたいと思い、行動していくこと。それを私は〝理念経営〟と呼んでいます。
そうですね。確かに、私が仕事を通して大きく成長できたように、社員にも仕事によって人間的成長を遂げてもらいたいと思いますし、雇用を創造することで、〝働く歓び〟を多くの人に届けたいですからね。物ではなく、就業機会の提供を通じて想いを伝えていますから、それは〝理念経営〟をしているんでしょうね。
今日お会いできて、篠原社長のような素直な誠実さで生きていきたいと心から思いました。良い企業には良い企業風土がある。良い企業風土は良い経営者の心のあらわれである。理念経営の本質を深く、自然体で教えていただきました。本当にありがとうございました。
こちらこそ。ありがとうございました。