監督、アテネオリンピック男子体操団体 金メダリスト
米田功氏
「時」を制する勝利の哲学
アチーブメントのスカラシップ制度を利用し、リオデジャネイロ五輪に向けて活動する徳洲会体操クラブ。
現役時代は28年ぶりにオリンピックでの男子体操団体金メダルを獲得した米田功氏と青木仁志が「時間という命」の使い方について語り合った。
「時」を制する勝利の哲学
今回はアテネオリンピック金メダリスト、現在は徳洲会体
操クラブ監督を務められていらっしゃいます米田功さんにお越しいただきました。本日はよろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」という実況とともに、日本中を感動に包んだ2004年のアテネオリンピック男子体操で、日本は団体で28年ぶりとなる金メダルを獲得しましたが、米田監督は当時、主将としてチーム日本を牽引されましたね。もともと体操を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
小さい頃は小児喘息を持っており、心配した母が最初は水泳をさせました。しかし、私はあまり水泳が好きではなく、1年ほどで辞めてしまったのですが、そのときに別で勧められたのが体操。7歳のときから始め、池谷幸雄さんや西川大輔さんも卒業されたマック体操クラブに入りました。それから中学卒業まではマックを拠点に続けて、清風高校・順天堂大学と進学したのです。
中学校から全国個人総合優勝、名門の清風高校時代にもインターハイで個人総合2位。順天堂大学時代には、NHK杯優勝、全日本学生選手権でも優勝をされていますね。この輝かしい実績の背景には相当な練習量があったのではないでしょうか。
ありがとうございます。ただ、当時は練習嫌いで有名でした。
意外ですね。詳しくお聞かせいただけますか。
体操クラブ、中学・高校と厳しく指導をいただきました。水泳と違って、体操は辞めたいとは思わなかったので、当時から体操が好きだったのだと思いますが、「たくさん練習すれば勝つのは当然だろう。でもそんなの全然格好良くない」と思っていたんです。逆に「練習をしなくても結果を出す人が天才だ」という考えを持っていました。
学校教育で「勉強せずにテストでいい点をとることに憧れる」人がいるような状態にたとえられそうですね。転機になったきっかけは何だったのでしょうか。
2000年のシドニーオリンピックの代表から落選したときに大きく心境が変化しました。それまで、練習は嫌い。「努力することは格好悪い」と思っていた自分でしたから、これまでの成績の延長線上にオリンピックもいけるとどこか甘く考えていたのです。そこで突きつけられた「自分はもう代表になれない」という現実。試合中に、頭をよぎったのは家族の顔でした。いつも試合を応援しに来た家族と、帰りに食事をするというのが定番でしたが、その日は、両親に会わせる顔がなく、一人で帰宅。特に姉のことを考えたのです。私が体操を始めてから、日曜日の体操の試合には両親は姉ではなく自分の応援に来てくれていた。その他あらゆる場面も考えると、見方を変えたら姉は母との時間を犠牲にしてくれていたとも言えると思いました。
そうした周囲の方々の、時間という命が自分に使われていたことに気づかされました。同時に出てきたのが、怒りです。
怒りですか?
これだけ家族に応援され、期待されているのに応えられない自分への怒りでした。そこからはもう生活が一変し、まさに体操漬けの毎日。日々のすべての時間・行動が、『アテネオリンピック』に向かい、それ以外は何も見えない心境で4年の時を過ごした結果、代表入りを果たしました。
感謝を土台にした自分への怒りということですね。周囲への恩を感じ、なぜ自分がアテネに行かなければならないのかという目的・理由が明確になったことで、迷わず目標に向かうことができたということでしょう。
気づくと、「格好いい」の定義は180度変わり、努力して頑張ることが真の格好良さだと気付くようになりました。
まさに『人生の目的が変われば人生の質が変わる』ですね。それが、時間の使い方の変化という形で現れたと言えますね。
成功は未来ではなく今日一日の中にある
選手として、輝かしい大きな実績を残された米田監督ですが、現在は徳洲会体操クラブの監督を務められています。選手指導において最も重視していることはどんなことでしょうか?
時間の価値、もっと言うと「選手として過ごせる時間の価値」と言えます。私もそうでしたが、金メダルを取ることで人生が大きく変わりました。人生において転機と呼ばれることは数多くあると思いますが、当然、『オリンピックの金メダル』は現役時代しか経験することができません。選手として、余分なことを考えることなく、体操だけに集中できるという今の期間がどれほど大切で貴重なのかということを感じてほしいのです。
「現在」というのは、未来からの逆算によって全く違った時間の使い方になりますよね。逆に言うと、現在の時間の使い方が未来を決めると。
もし体操以外に何かやりたいことがあったとしても、それはオリンピックの後にいくらでもできます。次のリオデジャネイロオリンピックまでは1年を切りました。2016年の4月に開幕する選考会まではもう半年もありません。選手としての、この期間は帰ってこないんです。だから、シドニー後の自分がそうだったように、選手にはもう一心不乱に体操漬けの生活を過ごしてほしい。言い方を変えれば、それぐらいでないと結果を出すことは難しいでしょう。
成功は未来にあるのではなく、今日、目の前、今この瞬間にあるということですね。まさに、「成功は日々の実践の中にある」と言えます。
おっしゃる通りです。まさに選手に私もその言葉の意味を伝えたいのです。
しかしそうした時に直面することが、本人の願望がどれほど明確かということでしょう。どれほどオリンピックに出たいと言っていても、本人が本当に望んでいなければ行動は伴いませんね。
いかに選択理論を用いて、内発的に促すかが重要だと思います。今回スカラシップ研修を導入させていただいた理由にもつながりますが、自分がアテネオリンピックに向かうことができたモチベーションの源泉が、周囲への感謝からくる「自分への怒り」でした。同じように、選手たちの中にも「なぜ自分は体操をしているのか」、「どうしてオリンピックを目指すのか」を明確にして欲しいのです。自分の中にある、モチベーションの源となる「エンジン」を認識することで、日々の過ごし方が劇的に変化していくと思います。悔いのない選手生活を送って欲しいと切に願っています。
私も長年、成功を研究し、33万名以上の方々の研修を担当してきた経験から言うと、成功する人の本質にあるのは「人間力」です。利他の心、愛の心に基づく『ミッション』があると言い換えてもいいかもしれません。「自己中心的な自分」の方向によるモチベーションの方は短期での成功はあっても、長期的に見ても成功していく例は少ないですね。
ただ、米田監督のシドニーからアテネまでの4年間の「感謝の心」に基づくモチベーションのように、報恩感謝の姿勢や人の為に尽くせる度量があるなど、とにかく成功する人には、人間力があります。短期的には結果の差はあれど、そういう人の方が、長期的に見たときに成功していると言えるでしょう。
自分の中にあるエンジンを把握する意味
日々、選手が抱える葛藤としては、掲げた目標の高さに対して、先々への不安が生じます。その結果、練習中に変に考えすぎてしまい、あれこれ手法を変えてしまったり、こちらの意図していない行動をしてしまうなどが見受けられるのです。だから、「このままいけばうまくいく」道筋を示し、その道に確信を持たせていくことが私たち指導者のやるべきことですね。
選手や部下にしてみれば、指導者の発言を活かせるようには、まず「素直な心」が必要でしょう。そのためには、「指導者への確信」が重要になってきます。その確信をもとに、素直に実行し、継続を続けた結果、最終的に「自分への確信」につながっていく。それが結果につながります。だからこそ、指導者には部下が確信を持てるような器の拡張が、どこまでも求められるのです。
アチーブメントの学びを通して指導者としての器づくりの重要性をさらに深く認識できました。選手にのみ成長を求めるのではなく、私自身が自分を成長させ、伝達力・影響力を身に着けていく必要があると感じています。私もさらに学び続け、指導者としての器を拡張させ、彼らを勝たせていきたい。とにかく選手には、悔いのない選手生活を送って欲しいと切に願っています。
2016年にはリオデジャネイロオリンピックがあります。その先にはいよいよ東京オリンピックですね。
期間だけ見ると、「まだある」と思ってしまいますが、本当に一瞬だと思います。徳洲会から一人でも多くのオリンピック選手を輩出し、彼らを勝たせていきたい。それが自分の監督としての責任だと思います。ゆくゆくは指導者や子どもたちに選択理論を伝えながら、業界に貢献していきたいと思っています。
日の丸を背負うわけですから米田監督や選手たちへの期待は国家レベルの期待です。ぜひ日本の伝統競技の一つである体操でさらなる伝説を創っていただくことを期待するとともに、私も最大限、応援させていただきます。