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株式会社日本政策投資銀行 相談役
橋本徹氏
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アチーブメント株式会社 顧問 木俣佳丈氏
- アチーブメント株式会社 代表取締役会長 兼 社長
青木仁志
トップリーダーが持つ「判断力」の源にある宗教的価値観
橋本徹 株式会社 日本政策投資銀行 相談役
1934年11月19日岡山県高梁市生まれ。
富士銀行頭取(現みずほ銀行)、ドイツ証券会長、国際基督教大学理事長を歴任。株式会社日本政策投資銀行 元社長(平成23年~平成27年)当時は、東日本大震災復興支援の強化に尽力。国連認定の平和活動団体である国際IC日本協会名誉会長。※写真中央
指導者は常に「判断」の連続である。長期的・本質的・客観的な視点で正確に状況を捉え、日々、決断を下さねばならない。その「判断基準」のさらに土台にあるものは、自らの「価値観」である。では、トップリーダーは優れた判断力の土台にどんな価値観を持っているのか。今回は、日本の金融業界をリードしてきた、日本政策投資銀行相談役の橋本徹氏と青木仁志の対談を、木俣佳丈氏の進行で実施し、「トップリーダーの判断力の源」に迫った。
日本の名経営者が共通して持つ、キリスト教の宗教的価値観
本日は日本政策投資銀行相談役の橋本徹氏をお迎えしました。まず初めに簡単にご紹介させていただきます。橋本相談役は、東京大学法学部をご卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)に入行され、1991年には頭取、96年には会長にご就任。その他、ドイツ証券会長も務められ、2011年には、日本政策投資銀行 代表取締役社長、2015年に同社の相談役にご就任されました。特に、日本政策投資銀行代表取締役社長時代に実施した、東日本大震災後の復興支援ファンドの組成や、女性起業サポートセンター創設などが大きく評価され、2016年に『アジア太平洋開発金融機関協会』が主催する『ADFIAP Awards 2016』の個人部門『Distinguished Person Award』を受賞されました。 このように敏腕を振るわれ、国家の発展に寄与されてこられた橋本相談役ですが、熱心なクリスチャンとしても活動しておられます。例えば、国際基督教大学の理事長も歴任され、さらにはキリスト教に基づいた道徳を広めるためのMRA(Moral and Spiritual ReArmament 道徳的霊的再武装)活動を行う、国連認定の国際NGO、国際IC日本協会名誉会長も務められています。これまで、数多くのご判断、ご決断をしてこられた背景には、やはりキリスト教の価値観が大きく影響したと想像されます。橋本相談役がキリスト教に触れたのはいつからだったのでしょうか。
私は、父母はともに学校の先生で、母がクリスチャンだったのです。幼少期からよく教会の日曜学校に連れていってもらいました。その影響から、洗礼を受けたのは、高校卒業の18歳のときです。 青木さんは、29歳の時に洗礼を受けられたそうですね。ご著書も拝見しまして、かなり劇的な出会いだったと想像されますが、私自身は、自然な形で洗礼を受けたと思います。
私は聖書と出会い、人生の価値観が「力・競争」から、「愛・誠実・感謝」へ、もっというと聖書にもある『黄金律』へと180度変わりました。橋本相談役はクリスチャンの経営者として長らく尊敬申し上げておりましたので、本日はお会いできて大変光栄です。ちなみに、大企業の経営者がクリスチャンという例は枚挙に暇がありませんね。
はい、例えば野村ホールディングス株式会社元社長・現常任顧問の氏家純一さん、日本IBM元社長の北城恪太郎さん、資生堂元社長の池田守男さん、ヤマト運輸元会長の小倉昌男さんなど、多くの方がおられますね。私にとっては、人生の根底を支えてくれているのが「信仰」です。これまでも何か大きな判断・決断をするときには「どちらが神様に喜ばれるか」と考えて判断してきました。
「価値観」というものは自分の「判断」「選択」の基準となります。また、迷いが生じた時に自らの判断を貫くための「信念」も価値観から生まれるのだと思います。したがって、極端なことを言ってしまえば、「どんな価値観を持っているか」が、その人の人生を決めると言っても過言ではないでしょう。 個人の人生がそうであるように、組織の方向性を大きく左右するものも、「リーダーがどんな価値観を持っているか」が鍵になりますね。 当社では新卒採用も行っていますが、最近の学生の傾向を見ていると「経営者がどんなスキルを持っているか」「どれほど知識があるか」で入社する会社を判断してしまいがちなように感じますが、最も重視すべきはトップの「思考の質」だと強く思います。
2500億円以上の損失の危機で下した判断
一つ、信仰がいかに私の決断に影響を与えたかについての例をお話させていただきます。 私が富士銀行の頭取になりましたのは、バブル崩壊直後の1991年の6月でした。その翌月に、赤坂支店の課長級行員2人がお客様に依頼され、定期預金証書を偽装し、お客様がその預金証書を担保に、ファイナンス会社から巨額の融資を引き出したのです。これが「架空定期預金事件」と呼ばれる不祥事でした。 その結果、2570億円の払い戻しとなってしまいました。私は当然ながら、払い戻しには応じようと思いましたが、新聞がその不祥事を発表前にスクープ。激しい責任追及となりました。 同年の8月に衆議院の予算委員会に参考人として呼ばれ、9月には参議院へも行きました。調べてわかった事実をすべて話すことを決意しましたが、もちろん怖さもありました。国会へ出向く前、頭取室のドアを閉め、神に問いかけました。「力の及ぶ限り、すべてやりました。でも、何を答えたらいいのでしょう?」。そんな問いかけに、「話しなさい。私が力になります。自分の知っていることを話し、知らないことは、正直に『わからない』『答えられない』と言いなさい」と語りかけてくれました。 すると不思議なほど心が落ち着き、堂々と立ち向かうことができたのです。特にピンチや、逆境の時ほど指針が得られたと思います。
想像を超えるほどの大きな決断ですね。不祥事の際にどのような対応を取るかが、「リーダーとしての本当の姿」が出るのだと思います。橋本相談役が、頭取になった直後の出来事ですので、それ以前に何か不祥事が起きてしまう要因となるものがあったのでしょうか。
おっしゃる通りです。当時はバブル最盛期だったこともあり、競合に負けまいと、「収益至上主義」がコーポレートカルチャーになってしまっていました。ときには「出陣」と称して、ライバル銀行の旗を踏みつけていくこともありました。「収益さえあげればいい」「他者を蹴落として競争に勝つ」といった姿勢を私は支店長会議で何度も戒めていましたが組織風土はますますそうした方向になっていました。その結果があのような事態を招いたのだと思います。そこで私が掲げたのが、「お客様第一主義」です。実はこれも聖書の教え、「神を愛し、人を愛する」から来ています。企業経営に当てはめると、「人」というのは、従業員、取引先、お客様、株主に当るわけです。その方々に貢献していくことが主たる目的であり、「人を愛する」とは、人に仕え、奉仕する立場で臨むということなのですね。
ですから、「銀行は格闘技のように『相手に勝つ』ことが目的ではなく、『演劇』『音楽』のように、よいサービスを提供し、その対価で収益を上げることである。私たちは、喜ばれるサービスを提供していくことに集中する」と方針を転換したのです。 その方針のもと、お客様の声を聴く施策を様々実施しました。やはりトップが掲げる方針は非常に重要で、組織が良い方向に変化していくことには時間を要しませんでした。
他者に勝つためではなく、顧客の満足の結果として祝福である経済的発展があるということでしょう。私も「利益は目的ではなく結果である」とお伝えしてきました。
その通りです。「収益至上主義」の上では、短期的には確かに発展するかもしれませんが、まず間違いなく長期的な発展はありえません。
先ほど私が申し上げた、黄金律、すなわち「何事でも他の人々からしてもらいたいと望む通りのことを他の人々にもそのようにせよ」という基本的な『価値観』が、判断の基準になったということですね。
これからのリーダー像、「サーバントリーダー」
ここまで価値観がリーダーの判断にもたらす影響についてのお話がありました。橋本相談役が大組織を率いてこられたこれまでのご経験をふまえ、リーダーとしての哲学はどのようなものがあるでしょうか。
私は、リーダーの理想形は「servant leader(サーバントリーダー)」だと思っています。servantとは、日本語訳で「召し使い、使用人、(神・芸術などの)しもべ」の意です。 これまでのリーダー像は、一般的に「指示・命令型」が多かったように思います。しかし、サーバントリーダーとは、他者に対する愛を持ち、奉仕するリーダーのこと。そしてその思いを土台にしたマネジメントをするリーダーです。先ほど述べた、資生堂の池田守男さんはこのサーバントリーダーシップを掲げていらっしゃいました。 従業員が企業で自己実現をしていくために尽くし、そしてそのための支援を惜しまないことが組織の発展には重要だろうと思います。その過程で会社の業績は必然的に良くなっていくのです。こうした考え方は、言葉は違えど青木さんの『クオリティ・カンパニー』に書かれている通りですね。私は「部下が自己実現できるように手助けできるサーバントでありたい」と常々考えてきました。このリーダー像を理想とする考えも、聖書の「神を愛し、人を愛する」から来ていると思いますね。
私も自らの社長室に、「人生とは神が私を通して何かをする場である」という言葉を掲げ、謙虚さを忘れないようにしています。社員は天から与えられた存在ですから、橋本相談役がおっしゃるように、社員の自己実現の舞台をいかに用意できるかが企業経営者に求められるでしょう。そして、『人を大切にする経営』が長期的な発展を導くのです。 サーバントリーダーの反対である「命令型」の外的コントロールに基づいたマネジメントは一掃しなければなりません。
企業の経営者は例えて言うとオーケストラの指揮者のようなものです。指揮者はそれぞれの演奏者が力を発揮できるよう個性や才能を見極める必要があります。それが適切に配置されたときに、素晴らしい音楽・観客の感動が生まれます。結果として、利益が得られるのだと思いますね。
真のリーダーが持っている時代を超えた価値観
読者は青木社長が講師として行っている『頂点への道』講座のご受講生が中心です。ここで研修で使用している、自らの理念を決めるための「理念一覧」から、橋本相談役の大切にしている価値観を3つピックアップいただくとしたらどれが挙げられるでしょうか。
非常に良い言葉が並んでいますね。私が大切にしてきた「神を愛し、人を愛する」という価値観を言い換えるなら、「愛」「思いやり」「感謝」です。日本の偉大な指導者であった西郷隆盛が唱えた有名な言葉、「敬天愛人(けいてんあいじん)」、つまり「天を敬い人を愛する」というのはまさに「神を愛し、人を愛する」そのものです。稲盛和夫さんが京セラの社是にしていますね。 ところで、西郷隆盛は陽明学の流れに位置します。同じく陽明学の流れをくむ幕末期の儒家・陽明学者である山田方谷という方がいます。私と同郷の岡山県高梁が生んだ偉人で備中聖人と呼ばれました。彼は「至誠惻怛(しせいそくだつ)」という言葉を遺しています。まごころ(至誠)と、いたみ悲しむ心(惻怛)が人としての道だということですね。これもキリスト教に非常に通じるところがあります。
明治維新の志士たちが流れを組んでいると言われる陽明学も、キリスト教と通じるのですね。やはり時代を超えて存在する「原理原則」にどれだけ即しているかが『指導者の条件』なのでしょう。
トップリーダーが持つ、判断力の土台にある「利他的な価値観」についての重要性について理解を深めることができました。本日はありがとうございました。