代表取締役社長
嘉悦朗氏
横浜F・マリノスオフィシャルサイト http://www.f-marinos.com/
組織変革を生み出す“CFT”と実践の要諦
組織変革を生み出す“CFT”と実践の要諦
本日は、約2兆円の負債を抱え、経営危機に瀕していた日産自動車で、カルロス・ゴーン氏がCOO就任直後に発表した3か年計画「日産リバイバルプラン(以下、NRP)」の検討と実行に際して中核を担い、現在は横浜マリノス株式会社 代表取締役を務められている嘉悦朗社長にお越しいただきました。倒産寸前と囁かれながらも、日産自動車はNRPのすべての目標を1年前倒しでクリア、奇跡のV字回復を遂げます。その復活劇の裏には、「クロス・ファンクショナル・チーム(以下、CFT)」というチームの存在がありました。本日は、CFTの実践とその要諦について、お話を伺いたいと思います。嘉悦社長、本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まずは、嘉悦社長の経歴を簡単にご紹介いただけますでしょうか?
1979年に日産自動車に入社し、20年間人事部門に在籍していましたが、それは日産が凋落の一途をたどった20年でもありました。80年代後半まで毎年のように販売台数が減り続け、赤字を計上した後、バブルで一旦は持ち直したものの、経営の実態はより深刻さを増すばかりでした。日産は生き残りをかけてルノーとの提携に踏み切り、1999年にゴーンがCOOに就任しました。その直後に、NRPを検討するためのプロジェクトチームが結成されたのですが、それが、CFTと呼ばれるものでした。全部で10のCFTが結成されたのですが、そのうちのひとつCFT#9でパイロットという実質的なリーダーに任命され、「組織と意思決定プロセスの改革」に取り組みました。その後、人事部門を離れて様々な改革を担当してきましたが、日産での最後の仕事は、銀座にあった本社機能を横浜に移転するという一大プロジェクトでした。そして、移転完了と同時に、今度は横浜マリノスの経営に携わることになり、2年半余りが経過しました。本当に波乱に富んだ10年余りだったと思います。
嘉悦社長は、CFTをマリノスの経営にも取り入れられ、大きな成果を残されました。他業種、他業界でも十分に通用するメソッドだと言えると思いますが、まず、CFTについて教えていただけますか?
CFTを日本語訳すると「部署横断チーム」といったところでしょうか。ある全社的な課題について、最も関係が深い部署からパイロットと呼ばれるリーダーが選ばれ、次にその課題に関連するすべての部署からメンバーを選んでチームを編成します。この人選の仕方が「部署横断的」というのが最大の特徴なのですが、その背景にある考え方はこうです。例えば、部品の調達コストを劇的に下げるという課題の場合、コストだけに焦点を当て過ぎると、トレードオフとして品質が下がるかもしれません。また、品質は維持できても製造現場で組み付けがし難い部品形状になるかもしれないというモグラ叩きのような問題が次から次に出てくる可能性があります。であれば、すべての関連部署にとって、本当にいいアイデアとは何か、懸念や疑問がなくなるまで徹底的に議論し、全体最適解を出すためのフォーメーションをあらかじめ作っておけば良いという考え方です。これまでの組織を縦糸とすると、横糸を通すのがCFTの役割です。この言わば「マトリックス」的なアプローチによって、全体最適の確率は飛躍的に高まります。さらにメンバーは、国籍、性別、年齢、学歴、役職など一切の属性を取り払って選ぶことが重要です。キーワードは「多様性」です。メンバー構成が多様であればあるほど、アイデアや問題意識の広がりが期待できますから、変革や全体最適の確率が上がるというわけです。企業を変革するためには、こうした異質な意見やアイデアを受け入れる土壌や仕組みが重要だと思います。
ところで、CFTを立ち上げた目的は、無駄を徹底的に洗い出し、そこで浮かせた経営資源を他の成長の可能性を秘めた領域に回す、つまり再投資することによって日産を再び成長路線に戻すことでした。無駄の発掘は必要ですが、そればかりやっていると、会社はかなりの確率で縮小あるいは負のスパイラルに陥ってしまいます。日産は、それを目指したわけではなく、再び成長していくための正のスパイラル、サイクルをつくっていくことを目指したということです。効率化なりコスト削減の成果が原資となって会社が成長できるとなれば社員も元気になると思います。そういう意味でも、CFTのようなプロジェクトを立ち上げる際には、こうしたテーマ設定の全体像、コンセプトをどうするか、しっかりと検討するのが重要だと思います。
なるほど。人の本質は「成長」だと思うんですね。「もっとよくなりたい」という想いが根源にあると思います。未来への見通しをつくりだすことで、そうした根本的な欲求に応え、モチベーションがあがるんでしょうね。
CFT成功には、「トップの本気」が不可欠
CFTのメンバーが、30代の比較的若い社員というのも特徴のひとつだと思います。会社の将来を左右する改革の提案を役員や部長ではなく、若者に委ねるわけです。あくまでも一般論ですが、先が見えはじめたベテラン社員より、若い社員の方が会社を変えるエネルギーを持っていますし、思考も柔軟です。一方、十分な経験も必要ですから、ただ若ければ良いというわけでもありません。大事なのは、あらゆる面で最もバランスが取れている年代を選ぶということです。加えて、会社の将来を託すに値する「優秀な若手」に敢えてチャレンジさせるというのは、人材育成の観点からも効果的だと思います。
CFTを推進していくうえで、経営者や管理者に求められるのはどういったものになるのでしょうか?
CFTは企業の変革につながる提案をするのが役割ですから、裏を返すと抵抗勢力が生まれやすくなるので、若手が十分に能力を発揮できるよう強力なサポートをする必要があります。CFTを成功させるうえで一番重要なものは、「トップの本気度」と言っても過言ではありません。日産のケースではゴーンがCFTにとって最大のサポーターになっています。また、その下の役員も、いずれかのCFTのサポーターとなって彼らのチャレンジを強力に後押しします。これがあるからCFTは10年以上経っても機能し続けているんです。他社でCFTのような仕組みを導入し、上手くいっているところとそうでないところがありますが、その違いはこれです。トップが自らCFTの活動を支援し、CFTにエネルギーを注ぎ込んでいるか。
ところで、ゴーンは、CFTを「チャレンジャー」と呼ぶ時もあれば、「目覚まし時計」と呼ぶ時もあります。その時々の経営状況によって使い分けているんですが、会社が逆風にさらされている時は「チャレンジャー」、無風や追い風の時は「目覚まし時計」というんですね。会社が危急存亡の時にあれば、チャレンジャーの役割や、チャレンジの内容も比較的受け入れられます。問題は、無風あるいは追い風の時です。会社の業績に見掛け上問題が無い時、チャレンジ、すなわち変革が受け入れられるかというと、まず無理ですよね。しかし、そういう安定期における慢心や自己満足が企業を危機に追い込んでいくことを日産は実体験として知っています。元々人間って、そういう危うさを持っていますよね。病気の時は節制や体質改善のアドバイスに耳を傾けますが、自覚症状が無い時はついついルーズな生活を送ってしまう。しかし、自覚症状が無い時こそ、むしろ節制に努め、強靭な体質を作っていくことが大事ですし、CFTは、むしろこの平時の役割の方が圧倒的に大きいと思います。順調な時こそ「こんなことで慢心して居眠りしていたら、ライバルに置いていかれますよ!」と警鐘を鳴らし続ける役割、つまり「目覚まし時計」ですね。V字復活を果たした現在の日産でも、CFTが機能し続けているのはこの役割があるからですし、機能させるためにトップが強力に支援しているのです。
なるほど。一方で、企業として社員一丸となって経済活動を進めていくには、理念の浸透やビジョンの共有といった「理念経営」が非常に効果的ですが、「理念経営」を推進していくと、画一化していく面もあると思います。CFTは「多様性」がキーワードと言われましたが、その辺りに関しては、どのようにお考えですか。
青木さんが言われる「理念経営」を推進するプロセスで「多様性」という視点が有効なのだと思います。もちろん経営トップには、全社一丸の活動を進めるために、チャレンジングだけど、明快で共感できる目標を設定する力、明確で具体的なビジョンを発信する力が求められます。次に、共有されたビジョンなり目標をどう達成していくかという方策検討の質を高めることが重要になりますが、その段階でこそ、多様な視点からの議論が必要ですし、効果的だと思うのです。目指すべきは全体最適であり、その延長線上での目標達成でなければ意味がありません。そのための検討のプロセス、ツールとしてCFTの持つ「多様性」という特徴は、とても有効だと思います。
なるほど。理念経営推進に向けた、方策検討の質を高めるための「多様性」、というわけですね。CFTの持つ価値がより明確になりました。
経営者の役割は社員の可能性を信じ、引き出すこと
私自身の経験から、特に企業を変革しなければならない焦眉の課題がある時、あまり早い段階から、壮大なビジョンを語ることは控えたほうがいいと思っています。志の高い社員ほど、そういう美しいテーマに飛びついてしまいがちで、目の前の地味なコスト削減などから目をそむけてしまう恐れがあるからです。日産のケースで言うと、日産という船で大きな火災が発生し、このままでは船が沈むのも時間の問題という大変な時に「この船はそもそもどの方向に向かおうとしているのか、納得のいく説明をして欲しい」という社員がいたんですよ。気持ちは分かりますが、そういう議論をしている間にも延焼は進み、船は沈んでしまいます。まずは、目の前の火を消すことに全社を集中させることが必要です。そして、こうした喫緊の課題を全員で解決することがひとつの成功体験として共有され、これが次のより高い目標にチャレンジする上でのモチベーションや自信にもなります。そうなった段階で、将来に向けた壮大なビジョンを語り、共有するのが手順としては有効だと思います。
成功体験が勝ちパターンになっていくんですね。マリノスには、日産でのご経験をどのように転用されたのですか?
私が就任した直後のマリノスは、80年代から90年代の日産に似ていて、かつての名門の輝きを失いかけていました。過去、日本一に3度輝いた成績は中位(7位から10位)にまで後退し、売上も右肩下がり。明らかな負のスパイラルに陥っていたんです。これを反転させるには、まず売上を右肩上がりに変える。そしてこれを原資に適正な投資(チーム強化)を行い、成績を上位に戻して、さらなる売上拡大につなげるという「正のスパイラル」への転換を図ることが必要でした。そのための最大のチャレンジは、「いかにしてスタジアムにお客様を呼び戻すか」ということでした。これを解決するために3つのCFTを立ち上げました。ホームタウンにおける認知度・好意度を上げるチーム、効果的なプロモーションを検討するチーム、そしてスタジアムでのホスピタリティを改善するチームです。この3つの課題領域で効果的な方策を打てば、間違いなくお客様は増えるというロジックが背景にありました。目標は前年比20%増、1試合平均26000人としました。これには2つの意図があります。まず、増加率ですが、5%増程度の目標では革新的なアイデアは生まれません。従来のやり方では到底届かないようなインパクトのある目標であることが必要です。同時に目標値は、社員から見て共感、確信ができる水準であることが望ましいと考えます。26000人というのは、実は過去一度だけ達成したことのある数字です。従って社員の間には、達成できない数字ではないという確信のようなものがあったと思います。実際、3つのチームが活動を始めて1か月半で55個の斬新なアイデアが出てきました。私はこれらを1時間で意思決定し、早速実行に移しました。結果は、残念ながら20%には届きませんでしたが、Jリーグ全体が集客を減らす中にあって、16%強の増加を達成し、マスコミにも大いに注目されました。
CFTの有効性がよくわかりますね。ところで嘉悦社長自ら、CFTのノウハウを応用した新たな課題解決の仕組みを開発し、日産グループ内に浸透させてこられたとお聞きしていますが。
はい。日産自身がそうですが、目標を達成し続けると、新たな目標の難易度が当然上がっていきます。従って、組織の実行力、課題解決能力を高めていかないと計画は空回りしはじめます。日産では、CFTや事業計画からブレイクダウンされてきた、部や課のレベルでの難易度の高い課題を解決するために「V‐up」という新たな改善のスキームをつくりました。ひとことで言えばCFTの小型版です。CFTの良いところ、つまり多様なメンバーの知恵で解決するという構造はそのままに、より効率的・効果的に課題を解決するためのツール、例えば統計分析やプロセス分析の手法を40種類以上パッケージ化し、これを使いこなせるようトレーニングを施すという特徴を追加したものです。V‐upはすでに世界28か国に広まり、2010 年の時点で1万数千人のトレーニングを完了しました。彼らは3万件を優に超える課題を解決し、3千億円を超える効果を生んでいます。
日産は、昨年度、純利益でトヨタを抜きましたが、13年前には倒産の危機に瀕した日産が、超優良企業のトヨタの利益を上回る日が来るなど想像もしていなかったことです。日産は、トップを含むマネジメント層の一部は入れ替わりましたが、社員の多くは昔からいる人達です。にもかかわらず、これだけの劇的な変化が生まれたのは、それまで眠っていた社員の能力を100%以上引き出すことに成功したからにほかなりません。そういう経験を踏まえて、改めて経営者や管理職の役割を私なりに定義させて頂くなら、「社員の能力は無限大という前提に立ち、彼らの能力を最大限に引き出すこと」に尽きると思います。使い古された表現ですが、「企業は人なり」という言葉を改めて実感する毎日です。
本日は、日産復活の舞台裏という非常に貴重なお話を拝聴させていただきありがとうございました。また、社員の可能性を信じ、引き出すことがリーダーや経営者の務めであるということを改めて感じることができました。今後も、嘉悦社長のご活躍をお祈りしております。ありがとうございました。
ありがとうございました。