人生という言葉を辞書で引いてみると“人間がこの世に生きている期間”と書いてあった。
「人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである」と不条理の哲学で有名な20世紀のフランスノーベル賞作家、アルベール・カミュは言っている。
何故私たちは生きていくのか?
父親と母親の愛から生命を与えられ、十月十日でこの世に生れ出て、様々な環境で私たちは色々なことを学び、今日まで生きてきた。
私には愛する家族がある。
愛する多くの友人がいる。
愛する多くの社員がいる。
又、私には愛する多くのお客様がいる。
又、私には愛する多くの同胞がいる。
感謝、感謝、感謝である。
人を愛し、愛される人生こそ私が求めているものである。
弊社の最高顧問であり精神医学の世界的権威ウィリアム・グラッサー博士はこの世の不幸の最大の理由は「自分が重要と考えている人々との不満足な人間関係にある」といっている。
確かに人間関係が悪くなると幸福感はなくなるものだ。
貧乏でも愛情豊かな家庭で育った人の方が、経済的に豊かでも不満足な人間関係しかない家庭で育った人よりも健全な人格が形成されていることが多い。
生きる目的を目先の損得に置く、経済的優位性を第一とした人生ではなく、愛を人生の中心に置いた人間関係優先の人生の中に生きる目的のヒントがあるのではないだろうか?
先日、「枯れたすすきがまだ美しいのはいのちいっぱい一生懸命に生きてきたからだ」というあいだみつさんの詩を読んだが、私も自分に与えられた命の価値に感謝し、精一杯、悔い無き人生を生きていきたい。
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