昨日は皆さんのご協力の御蔭でアマゾンで総合一位を達成できました。
このブログを通して先ず心から感謝申し上げます。
ご協力ありがとうございました。
さて、昨日私の親友の一人で、
あずさ監査法人でパートナー社員をしている公認会計士の目加田君と
久しぶりに飲み交わし互いの人生を語り合った。
彼とは25年の付き合いになるが、もともとの出逢いは
私がブリタニカのセールスマン時代にさかのぼる。
彼が24歳で私が26歳の出逢いであった。
そこから25年互いに互いの人生を歩んできたのだが、
互いの共通項は唯一つプロ思考であるということで気が合う友として長く付き合ってきた。
不思議なもので何ヶ月ぶりに会っても、常に互いに昨日もいつも会っていたような感覚である。
親友というものは不思議なものだ。
彼は私の25年を知っている。良い時も悪い時も知っている。
一人の青木仁志というセールスマンを知っている。
わたしも彼の社会人一年生の時を知っている。
今は大企業の監査を行う大先生になった彼だが私と飲んでいるときは昔と何も変わらない。
私も同じである。
お互いに理想を高く掲げ自己の限界を追求して生きていこうとする価値観は同じだが、
生きている世界は全く違う。
彼は数字の世界、私は言葉と人間関係と経営の世界だ。
色々話をしていて面白いことに気がついた。
それはお互いに全てを肯定的に観ているという共通項である。
他の人が災いや失敗と考えることを我々は益であるという捉え方をお互いにしていたということだ。
彼も子どものころから色々な体験を積み京大に入り、
会計士の世界で上まで這い上がってきたわけだが、彼は京大を一浪して入ったという。
しかしその一年がその後の人生にどれほどの益をもたらしたか、はかり知れないといっている。
その浪人経験から、その後の全ての試験は一発で合格して来たという。
会計士の国家試験もどんな難関の試験も全て一発で合格する技が身についたそうだ。
私も子どものころの逆境体験や社会人になったばかりの頃の数々の挫折経験、
そしてその後も山あり谷ありの51年の人生があったわけだが、
振り返れば確かに何一つ無駄なものはない。
逆にその体験があるから今、本も書けるし、講師として一味違った研修も出来る、
そして経営も出来ているのかもしれない。
お互いに子どもに残せるものは金ではなく生き方や教育だという点でも一致した。
ユダヤ人は迫害の歴史の中で金を残すよりも金を稼げる人間になるための能力を子どもに残した。
世界で最も教育に熱心な民族はユダヤ人だといわれている。
わたしも子どもには金を残す気はない。
金を残しても騙されたり、うまい話に乗って取られたりするのが落ちである。
稼げる力を残したい。
よく考えてみると、私は子どものころから新聞配達をしたり、
稼げる力を環境から得てきたということである。
“災い転じて福となる”まさに至言である。
物事を肯定的に見る視点を大切に、これからも悔いなき人生を共に生きていこうと
語り合い帰路に着いた。
『もつべきものは友なり』というがよき友人とのひと時は心の癒しになるものだ。
わが友に感謝。
この25年の成長の人生に感謝。
コメントする